悲しい現実、亡くなってから

昨日から都内の正統派でもある葬儀屋さんとTwitterでやり取りをしていた。

それは直葬専門の葬儀屋さんを本当の葬儀屋さんと呼べるか、そして世間一般は直葬を望んだ時に何を期待しているのか、そして葬儀屋さんに何をして欲しいのか。

まずは直葬を専門に行う会社を果たして葬儀屋さんと呼べるか。私は呼べないと思う。葬儀をしない上に、葬儀のしきたりの知らないだろう。その様な会社は「直葬屋」さん「搬送屋」さんと呼ぶべきではないかと。現実にはそんな葬儀屋さんはいませんよ!何故なら一番おいしくない作業ですから。プラスαで費用を取れないのが事実です。だからこそ、葬儀をオススメします。

しかし、これだけではありません。葬儀をする事は、一つのケジメでもあります。我々がとやかく言うのではなく、施主・遺族が楽をするためにあると信じてます。後から知って、ゾロゾロと1年以上もお参りに来られる方々もおります。更に何で教えてくれなかったんだと逆切れする人たちのいます。それは大切だった友人を亡くしたから、未練があったからでしょう。

さて、そも置いといて・・・

直葬とはどこかで(主に病院)亡くなって、霊安室に保管し、最短24時間後に火葬場へ連れて行くことです。式もしない、納棺は葬儀社が行い、遺族はハンコだけ押して、火葬場へ集まり、お骨上げが終わったら、下手したら遺骨を捨てて去る(あるんです!山手線とかに置き去りにすることが)。

さて、そろそろ本題。

直葬する理由は多々有ります。金銭的な都合、身寄りや家族がいない、逆の意味で世間体を気にしたり(白洲次郎の場合みたいに)、人それぞれです。

しかし、たまに「葬儀屋さん、処理して」と言う遺族もいます。よほど辛いことがあったのか、その故人と関わりたくないのかは置いといて、火葬許可証を取得するには届け人を書く箇所があり、誰もいない時は病院の院長や最後は市長が届け人となります。その場合は本当に仕方がないのですが、誰しもお骨の面倒をみたいと思わないです。ちなみに葬儀屋さんは届け人には行政でもなければ、病院で死を宣告した看取った人でもなければ、身内でもなければなれません。

直葬の「世間一般」のレベルとは何か?

何も要らない、何もしない、ただ火葬場の炉に突っ込むことと認識されている方々もいることは否定出来ません。でも火葬炉に入れる前には棺に入れないといけないのです。搬送台があり、その上にスムーズに移動出来る仕組みでないと火葬場で受け入れてもらえません。

お花もなければ線香も焼香もない。亡くなって、遺体保管冷蔵庫に入れられて、葬儀社の手によって納棺、そして最後を見送る。これが悲しい現実です。以前、「早く処理して。要らないから」と言われたことがある。これは悲しいです。

私が言いたいのは、「お一人様でも不安なく暮らせる社会が今、必要だと」言うことです。それにはきちんと遺言を残す必要があります。でも遺言を書くにはお金も必要。でも公正証書でなくても、何かを託す置き紙でもいいから残して頂くと死者への尊厳が少なくても保たれるはずです。お願いします。

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